獣医師広報板ニュース

意見交換掲示板過去発言No.0000-200410-73

十数年前は
投稿日 2004年10月6日(水)14時05分 投稿者 はたの

人里に出てきたクマはほぼ100パーセント、捕殺でした。射殺もむろんあり、罠で捕らえた場合もその後射殺していました。仮に放そうと思っても、鉄格子の箱罠では、脱出しようと齧って歯を痛めてしまうため、そもそも生存が期待できなかったのです。

 それが、M田さんをはじめとする人々の努力により、かなり使える「防除」「追い返し」「奥山放獣」のノウハウが作られました。完璧ではむろんなく、現在も改良され続けていますが、一応の完成を見たのです。
 これには、「クマ相手」の部分と、地域住民の合意を得るための方策と、両方が含まれます。
 今課題となっているのは、それを全国津々浦々に、しかも同時多発に備えて広めることです。同時多発にも対処できるセット(罠その他の機材自体と運用できるスタッフ)数をそろえるということは、普段はあまるだけの数、ということでもあります。有事に備えた、平時には無駄ともみえるお金の使い方です。

 やる気だけではどうにもなりません。関わる人間が食えなきゃ困ります。社会の総意として行うのであれば、携わる人間を食わせてやらなければいけないのです。機材にしても、どこからか湧いて出るわけではありません。買えばむろん、作るにしたって金はかかります。
 金がなきゃ身動き取れないのです。
 社会として、その金を出しますか? 幾ら出しますか? 予算に限りがある中ですから、何を削ってそこに充当しますか?
 ということになります。

 地方分権推進の世の中ですから、金を出すのは、クマの被害に会う地域の人々です。
 殺すのなら安価ですむし繰り返しの被害はないところを、安易に殺さないために、繰り返しの被害を覚悟して、住民一人当たりプラス幾らまでなら負担してくれますか? ということになります。
 都道府県レベルでは金が足らん、国レベルでやってくれ、というのもある種もっともなんです。少なくとも「クマを殺すな」という主張をする都市住民の意思を実務に反映させるためには、それ相当分のお金が実務を行うところに流れて当然ですね。

 また、安易な「安易にクマを殺すな」という主張は、被害に会っている人々の気分を害すこと、多いのです。現地では、個々の判断がどれだけ正しいかは別として、なるべく殺したくないvs被害は困るというギリギリのせめぎあいの中で決断が下されています。そこへ、やる気さえあれば式のスローガンが投げ込まれると、クマかヒトがどっちが大切だ? という、昔ながらの、建設的でない二項対立になってしまいがちなんです。せっかく浸透しつつある、「なるべく殺さずに奥山放獣」というスタイルへの理解を逆に阻みかねないのです。

 私だってクマが殺されるのはいやです。それが仔グマだったり仔連れ雌だったりして、しかも殺す側さえ望んでいない状況下では特に。殺人よりいやなぐらいです。
 けれど、これは愛護的な気分によるものにすぎません。あっちで一頭こっちで一頭と殺されるのは、(中国山地以外では)個体群管理から見ればどうということはありません。従って、希少だから殺すな、というのは論拠を欠きます。出てくるクマは安価に殺処分して、殺すかわりに放獣をするためにかかる差額を奥山の整備に使うほうがマシです。
 クマが栄えるということは、不幸な死を遂げるクマも増えるということです。人間活動の影響がないとしたって、不作年には飢えるクマは出ます。

 愛護的な気分から殺されるクマの数を減らしたいのであれば、「殺すかわりに放獣をするためにかかる差額」をどこからか持ってこなくてはならないのです。少なくとも持ってこようとしなくて(役所に電話する代わりに議員に手紙を送る、といった方策は可能でしょう)は、被害地域住民に「金も出さないで口だけ出すのか」といわれて、これまた古典的で非建設的な二項対立に陥りかねません。現地からすれば、「被害があってもクマは殺すな。金がないならやる気で補え」というのは受け入れがたいでしょう。
 しわ寄せは最後はクマに行くのです。

 だからこそ、殺されるクマの数を減らしたいと思っていても、正面からそう主張するのは、結局は得策でないのです。
 被害防止のための緊急の捕殺は、当然のこととして認める。ここが出発点になります。
どんなにイヤでもここからでないと始まらないのです。
 その上で、殺さずにすむ場合は放獣しようや、殺さずにすむ場合の範囲を広げていこうや、そのためのコストについてもその地域以外の人々も負担しようや、と。

 今年になってニュースに接して心を痛めておられるかたはご存知ないかもしれませんが、この手の軋轢というのは1970年代からお馴染みのものです。ある種のパターンであり、保護・愛護論者側がどういう主張のしかたをすれば止揚できるか、どういう主張のしかたをしてしまうとこじれてしまうのか、多くの前例があります。
 報道は限られた時間・字数内で5W1Hを伝えようとするものであり、かつ、時にセンセーショナリズムに毒されます。問題をいい方向に向かわせるためには、どんな主張にせよ、報道では語られない背景を踏まえる必要があるでしょう。

 「クマを殺すな」という主張は、「殺さずにすむかもしれない方法がある」ということが知られていない時には有効でした。
 が、現在では、「クマを殺すな」という声高な主張は弊害のほうが大きいのです。実際に携わっている人々の足を引っ張ります。
 それよりは、「クマを殺さないですむための資金を現場へ」というほうが良いのです。

 保護保全の観点からいえば、当座を乗り切ればなんとかなります。
 パールちゃんが書かれているように奥山の改質は始まっています。
 仮にその歩みが遅くても、あと100〜200年もすれば人工造林した針葉樹の林分は崩壊に向かい、クマが住める混合林へと遷移します。
 日本の人口も減ってゆきます。山村は消えてゆき、山は充分な縦深を取り戻します。
 今の日本の自然の危機の多く、すくなくともクマであれば、明治〜高度成長期の林業政策のあおりによるものであって、それが解消されれば、自然にクマの危機も消滅します。

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