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「敵影」
  古処誠二



本当は存在しない敵の姿を、なぜ人は必死になって追い求めるのだろう。 昭和二十年八月十四日、敗戦の噂がまことしやかに流れる沖縄の捕虜収容所で、血眼になって二人の人間を捜す男の姿があった。一人は自らの命の恩人、女学生の高江洲ミヨ。もう一人はミヨを死に追いやったと思われる阿賀野という男。男の執念の調査は、やがてミヨのおぼろげな消息と、阿賀野の意外な正体を明らかにしていく。 (出版社 / 著者からの内容紹介より)


第138回直木賞候補作でした。
この方の作品を読むのは初めてでしたが、考えさせられる、優れた作品だと思いました。
文章も、明瞭で、分かりやすく、そして、心に響きました。

舞台は、沖縄。米軍の捕虜になった男たちの物語です。
必死に戦い、多くの友を失いながら、終戦前に捕虜になっ(てしまっ)た男たちの心の中の暗い思いに、胸が痛みました。
教育によって植え込まれた、「捕虜になって生き恥をさらす」状況の彼らは、恥の中で、もだえ苦しみ、しかし、米軍が与えてくれる捕虜としての良好な環境に、心と体を癒されてゆく自分を感じてしまう。
その矛盾の中で、彼らは、同じ捕虜の中でも、その時期によって、その階級によって、その時の状況によって、序列をつけ、人を貶(おとし)め、自分を許そうとしたり、そして、許せなかったり。
人間とは、常にそういう順位をつける作業をしていないと生きていけない動物なのかもしれません。所詮、五十歩百歩の違いでも、それによって、自分の立ち位置を確認して、やっと安心できるのかも・・・。
日本が一丸となってアメリカ相手に戦っている間は、どんなに悲惨な状況でも、ある意味、心は平安だったのかも知れないですね。
本当の敵とは、いったいなんだったのだろうか・・・?戦中、戦後に彼らが負った心の傷跡は、深くて、大きいのです。

物語の中に、日系二世の通訳が出てきますが、彼にだって、彼なりの葛藤や、苦しさがあることは推察されます。
先日、時間がなくて挫折した真保裕一さんの「栄光なき凱旋」にも、戦時中の日系二世の苦労が描かれていて、この本を読む上で参考になったので、改めて読み直したくなりました。 (2008,01,24)