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「エンブリオ」   
帚木 蓬生   02.11.08




九州の小さな海岸の町。
贅沢な施設と高度な医療で知られるサンビーチ病院。
不妊夫婦に福音をもたらし患者たちに「神の手」と慕われる院長の産婦人科医、岸川卓也のもう一つの顔。
男性の妊娠、人工子宮、胎児からの臓器移植・・・。
生殖医療の無法地帯に君臨する医師の狂気の花が開くとき。
生命の尊厳と人間の未来を揺るがす書き下ろし長編小説。 (帯より)


エンブリオとは、受精後8週までの、まだ胎児とも呼ばれない子供のことです。
「臓器農場」をより発展させたような話です。衝撃的な内容で、しかも専門的な事も出てくるので苦手な人は、読まない方がいいかもしれません。

技術的には、ここに書いてあるようなことは、これからどんどん可能になってゆくと思われます。もしかすると、もう可能な技術もあるのかもしれません。
でも、私が、一番驚いたのは、技術的なことよりも、学会のあり方です。私は、学会とは、それまで研究されていることの最高水準の物を発表する場で、ここで発表されてから、専門家によって慎重に議論されて、そしてはじめて実用化されるのだと思っていたら、実際には、研究途上、もしくはもうできあがった技術に関しても、発表されないこともあるということです。
世界の誰もが知らないような技術が、ある病院ですでに人体に施されるかもしれないということは驚きです。
また、学会に入っていない医者は、法律よりも事細かに規制される倫理審査委員会に縛られることなく、何の処罰もなしに究極の医療が出来るということも驚かされます。でも、言われてみれば、そうなんですね。

胎児の人権が認められていない日本では、出産する前の胎児(これも、母親からの出産に限られる)には、何の権利もないわけで、何の規制も受けずに利用することが出来る。ここから「ファーム」とか「飼育」といった言葉が出てくるのです。

ただ、不妊の夫婦には、それこそ、神の手として喜ばれるのは、当然のことでしょう。技術があって、その恩恵を受けて喜ぶ人がいたら、医者をとどめることは出来ないのではないか、とも思います。
私の身内にも、パーキンソン病患者がいるので、画期的な症状の改善が可能な治療が、のどから手が出るほど欲しい気持ちがありますから。

いったいどこまでの医療が許されるのか。
「神への冒涜」だとは、別に思わないのですが、人間の将来に、どんな影響を及ぼすのか、そこが恐ろしいです。
ここでは、悪役として描かれている岸川先生ですが、今現在、この日本に彼が存在してもおかしくないのでしょう。