「学校での動物飼育の意義」

(心の荒廃は幼児期から始まる)
  日本小動物獣医師会(住所他;下記)      平成11年7月

 日本小動物獣医師会(愛玩動物等の小動物を主な診療対象としている全国の開業獣医師約5000名で組織)では、飼育動物の児童に及ぼす有益さから、学校教育のなかで動物飼育を通じて児童 が「心の教育」を体験学習することは大変効果的かつ重要な事だと考えています。そして、地域の獣医師が学校との信頼関係を築き、先生と協力して「先生と子供が共に動物を楽しめる、ゆとりある動物飼育」を実現出来るよう、各地の獣医師、住民の皆様、そして各教育関系の方々にご理解とご支援を呼びかけています。

 平成4年から小学校低学年(1.2年生)における社会・理科が廃止され、生活科という科目に改編されましたが、文部省は特に『心の教育』の一環として、学校に小動物を飼育する事を提唱しています。これは、児童が動物と触れ合う事により命の尊さ、弱者をいたわる心、世話をする事による責任感、死の悲しみ等を体験し生命、倫理観を育む基礎を身につけてもらうためと説明されています。しかし、その実態は文部省の考えとは程遠く、どう見ても虐待としか言いようの無い状況が新聞、テレビ、雑誌等で度々報道されています。
 
 実例として、ある小学校で、児童が兎を抱く機会がありました。この児童は初めて動物に触れたとのことで、恐る恐る抱いたのですがウサギにすれば不自然な抱かれ方だったのでしょう、ウサギが児童の腕の中で動いたのです。児童は、ウサギはぬいぐるみのように動かないものだと錯覚していましたので、びっくりしてウサギを投げ捨てました。そのためウサギは脊椎骨折を起こし自力では生きて行けなくなりました。普段、動かないぬいぐるみしか知らない児童は、動物が動くものとは知らなかったのです。これは、ぬくもりや感情の無い「おもちゃ」しか知らない子どもが増えてきている事を物語っています。動物の温かさは触れる事により初めて感じ、そして心が通じ合うのです。これらは体験なくしては学習できません。

 また、東京のある小学校の教諭が、学校で飼育していた怪我したウサギ(ウサギ゙同士のけんかで、片足が不自由だった)を児童の目の前で処分したことがありました。この教諭は治療する方法も解らず、どうして善いのか判らなくなり、このままではウサギが他のウサギに殺されてしまうとの思いからの行動だったそうでしたがこの学校には足の不自由な児童がおり、その児童が書いた作文に「・・・ぼくは足が不自由です。だからいつ棄てられるのか心配です。・・・」という一文がありました。

 一昨年は埼玉県大宮市の小学校教諭が生れたばかりのウサギ゙の子供を、児童の目の前で生き埋めにしてしまった事件がありました。これらはいずれも教諭が動物への対応法を知らないために起きた事件です。さらには、飼育環境の不備も大きな問題で見逃す事は出来ません。狭い飼育舎にウサギもいればニワトリもいるし、結構狂暴なアヒルもいることがあり、動物たちはストレスの為にケンカをし、他の動物をいじめたりもします。ウサギが産まれると、ニワトリに突つかれ目がつぶれてしまうのや、子ウサギが他の動物の餌になってしまう例さえあります。

 飼育舎も動物に合った広さと飼育に適した種類や飼育数を確認し、動物たちが生活しやすいようにする必要があります。これを考慮しないで動物を飼育しては、不幸な結末を迎える心配があります。ウサギは穴を掘って生活していますので、ウサギの数が多すぎると沢山の穴を掘り、地盤の崩落を招き、ウサギが生き埋めになってしまう事も見られます。ウサギにはウサギの、生活に合った小屋の作り方があります。また、飼育舎の不備のため雨が降り込み動物達はただ震えながらじっとしている光景をみることがあります。また、冬に動物たちが寒さの為に凍死する事も有ります。これは、北国だけでなく全国的に発生しています。これも現場の無理解から起こる事です。このような現状では、折角、児童のためにと飼育した動物たちが結果的には命の粗末化につながっており、命の尊さを教えて呉れるはずの動物たちがかえって児童に逆効果の『心の教育』つまり、弱者を見捨てる虚詭、虚欽の教育になってしまうのではないかと思います。

 現在、教諭になるのに動物学は必修ではありませんので、最近の小学校の飼育担当の教諭には、動物に関する知識のない方が多いようで、その教諭のご苦労には大変なものがあります。子供への言葉だけの教育では動物との心のふれ合いは出来ませんし、愛情を持って動物と接して初めて温かさが判るのです。他人に対する思いやり、優しい心は、動物から教えられる事が大変多いと思います。動物愛護の精神は、人間愛護に通じるはずです。文部省の唱えている『心の教育』という教科書が、もしあるとするならば、「飼育動物との体験学習」は、目次の冒頭に出てくるはずと確信しています。

 学校には学校保健法により医師、歯科医師、薬剤師が関与していますが、獣医師については何の規定もありませんので、獣医師は、現段階で学校飼育動物に対して積極的に関与する事が出来ません。しかしながら、学校飼育動物の診療は獣医師でなければ出来ません。獣医師は、医師と同じく公衆衛生の専門家でもあります。学校獣医師制度があれば、学校は何時でも獣医師から専門知識を活発に取り入れることが出きるでしょうし、動物の診療はもちろん、動物の世話をする児童や教職員に必要な知識、手技を教示することが出来ます。また、人獣感染症に罹患しないようにするための環境作りを指導出来ます。即ち、獣医師の仕事は、動物のケアを通して人間の健康を守る事にあると言えるのです。また、我々は「病気は治療も大事ですが、予防する事がもっと大切だ」と考えます。獣医師が、学校を訪問(巡回)し適切な飼育、管理を指導する事により、飼育動物の病気、ケガが未然に予防でき児童にとって飼育動物は、衛生的な、しかも安全な「仲間」となります。

 今の世相では、家庭において犬猫などの動物を飼育することがなかなか出来ません。都会では土地が高価で狭いため、庭付きの家は戸数も少なく、マンションや集合住宅などでの生活となります。しかし、マンション、集合住宅では動物を飼育することはほとんど出来ません。また、都市化のため自然は殆ど無くなってしまい、虫取りさえ居住地の近くではできません。自然のなくなった環境で暮らさなければならない子供たちが、人間以外の生物と共生することができなくなってしまっては、心の空洞化した感動のない無味乾燥の人間になってしまっても当然のことかもしれません。人間が産まれて成長して行く過程において、視覚、味覚などの五感の発育と共に、自然とのふれあいを体験しないと健全な心の成長は難しいと言えます。特に、土や草木に触れ、生き物と触れ合うことは大切です。現実は、コンクリートに囲まれて、人間としての基礎を作る幼稚園、小学校時代に机の上での勉強だけで過ごした子供が、大人になり家庭を持ったときに自分の子供に対しても心の触れ合う接し方が判らないため、他者との触れ合いを子供に教える事が出来ません。人間の形をした中身のないエゴイストばかりの世界になってしまうようにも思えます。ある親は、自然との触れ合いを大いに勘違いされているようで、カブトムシなどを子供に買い与えることが、自然との触れ合いと思われているようです。しかし、飼い方を知ろうとしない親、子供にとって、カブトムシのほとんどが直ぐに死んでしまいます。死ねばまた買ってくれば良いと言う親と子供にとって、命は何時でも買える物になってしまい、これが命の軽視を招きます。大切にしていた生き物、自分の仲間の生き物が死んでしまうことが、どんなに悲しくてつらいことか子供たちに勉強してもらわなければなりません。自宅で動物を飼えない子供にとっては学校での飼育動物としか触れ合いの場所が無いのです。

 今の子供たちには、ファミコンゲームなどのテレビゲームが遊び相手です。そこでは、傷つけたり殺したりして遊ぶ事がいとも簡単に擬似体験できます。言葉でも「殺す」「死ね」「命をかける」などを平気で口にします。このままでは、人を傷つけた時の痛み、苦しみ、死んだときの悲しみを知らない人間になって行くのではないかと危惧されます。こどもたちが、命を軽視するようになっていく事は日本の将来にとって大変な問題です。ゲームのようにリセットボタンを押せば、命が元どうりになると思っている子供たちが、急激に増えているような気がします。
 学校での動物飼育指導事業は、学校関係者と獣医師だけで出きるものではありません。学校医や地域の住民の皆さんやマスメディアの皆さんの協力があって初めてうまく行く事業ではないでしょうか。将来は週休二日制になり、益々動物の面倒を見てくれる人がいなくなれば、なおさら今以上に地域住民の方々の協力が必要になります。地域住民の方の協力をどうお願いするか、それぞれの学校にあった飼育動物の数や、種類は何かなどの検討が必要となります。

 心の荒廃は、幼児期のうちから始まります。少し大げさに言えば、学校の飼育動物たちが子供たちの心の荒廃をすくってくれるのではないでしょうか。子供たちは動物が大好きです。小さい動物ではありますがこの命のある生きもの達の温かみが、痛み、死の悲しみ、仲間を思いやり助け合う心、弱者を守る責任感など『心の教育』を子供たちに学ばせてくれるのです。

 私達日本小動物獣医師会は、将来の日本を背負う子供たちのために、これからも皆さまのご理解を得ながら、学校のとの関係を大事にし「子供のこころを育ててくれる学校での動物飼育」を支援出来るよう取り組んで行きます。

平成11年7月31日「子供は動物が大好き」(学校飼育動物市民公開講座)の資料より

問合せ先:日本小動物獣医師会事務局
  東京都港区
  TEL (03)5419-8465